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三遍回って プラモ屋探し

プラモ

子どものころはよく転校しました。
引っ越し先で、必ず最初に探すお店がプラモデル屋さん。
ゼロ戦やら戦艦大和やら、ドイツ軍の戦車やら、よく
組み立てたものです。
今でこそ、プラモ好きは多くはありませんが、当時の
男の子は大半がハマっていましたね。

そういえば大学の時の友達に、プラモは必ず同じものを
2つ買うという人がいました。
ひとつは、ふたを開けないで新品のまま置いて置くため、
もうひとつは、塗装だけしてプラ枠から部品をはずさないで、
置いて置くため、だそうで。つまりひとつも完成させないわけです。
彼などはフェチといえますが、その気持ちも分からなくなかったりして。
プラモは、空想(あるいは妄想)の世界の入口だったような気がするんです。
そうそう「20世紀少年」の「よげんのしょ」みたいな。
「敵~に渡すな大事なリモコン♪」とね。

テーマ : 絵本・制作・イラスト
ジャンル : 学問・文化・芸術

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No title

この「さ」のカルタの絵
とても颯爽としていてお気に入りです♪
つい鼻歌が出ちゃいそうなくらい。(*^^*)


小学生の頃憧れたものに「転校」がありました。(^^ゞ
その頃の自分と周りの関係が良くなかった訳ではないと思うのだけど
違った環境で、今までとは違った自分になれそうな・・
そんな願いを持っていたのを思い出しました。

まっ。それは転校という形ではなく
高校や大学への進学という形で実現したのかな。。(^^ゞ

だいたいとてもおとなしい子どもだった私が転校して
たった一人で集団の中に上手く溶け込める可能性は
極めて低かったと思います。苦笑
いろはに。。。さんは転校を何度も経験していらっしゃるから
その点は大丈夫だったのでしょうね。

高校進学の折には、親元を離れ下宿生活。
同じ中学の同級生は一人も居ない。
何を間違ったか、県有数の進学校に進んだものだから
勉強についていくのが必死だったし、
消極的な性格故部活動等にも参加できず友達も少なかったな。。


プラモデルは弟がよく作っていましたから、何だか懐かしいです。(*^^*)
勉強は殆んどしない弟でしたが、プラモ作りだけは熱心でした。笑


私はとても好きなコミック本は同じのを二冊買っています。
と言っても二冊だけなんですが。笑
もちろん一冊は新品のまま大事に置いておくため。
もう一冊は何度も何度も読み返しています。
本当は何冊もそうしたい本があるのですが
どうしても保管場所に困ってしまうので断念しています。(^^ゞ

No title

「転校」は、消極的でおとなしい性格の自分にとっては、
正直苦痛でした。
勉強ができるわけではないし、運動神経はニブいうえに
おしゃべりも苦手ですから、転校生だからってスターになれる
のは1日か2日。
あとは、いつものさえない自分に戻るわけです。

だからこそ、プラモとかマンガとかに熱中している時間が、
このうえなく楽しかったのですね。

なつかしい

太字の文ゼロ戦、大和に・・・メッサーシュミット、スピットファイアー、紫電改、戦艦長門、空母赤城・・・。私もこどもころ夢中になってプラモデルを作りました。女性の方にはピンとこないでしょうが、そのほとんどが戦闘機やら戦艦やら、いわゆる戦争兵器なわけで、今思うと戦争に憧れのようなものを持っていたのかもしれません。

 最後に言い添えておきますが、私のベストワンの映画は「かくも長き不在」、フランスの強烈な反戦映画です。
 
 

No title

しまさん。お久しぶりです。
いやあ、懐かしい名前が並びますね~♪
やはり、プラモに熱中していましたか。

転校するときには、大事なプラモを捨てなければ
ならなくなりますが、それがまた楽しい一大イベント。
熱した鉄棒でプラモに穴を開けたり、燃やしたり、
破壊の限りを尽くします。
「さらば武器よ!」になるわけです。
プロフィール

いろはにオヤジ

Author:いろはにオヤジ
50代から始められて80歳まで続けられるしごとがきっとあるはず。そうだ!手づくり紙芝居オジさんをやってみようと思いまして…。子どもたちのきらきら笑顔を目標に、物語づくりにチャレンジします。

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